【逆境に負けず佐賀県らしさを大切に/東鶴酒造株式会社】
江戸末期、1830年に創業以来、佐賀県多久市で酒造りを営んできた東鶴酒造。しかし、日本酒の需要減少に伴い経営が難しくなり、平成元年から酒造りを休業する事に。
野中保斉(のなか やすなり)さんは、大学卒業後、一度は家業を継がず異なる職種に就職しますが、6代目東鶴酒造の杜氏として約20年ぶりとなる平成20年に酒造りをスタート。
そんな中、令和元年8月に九州北部で起きた100年に1度ともいわれる豪雨災害。甚大な被害を受け、酒造りが出来なくなるという絶望と不安の中、「災害に負けたくない」「酒造りを諦めたくない」という思いのもと、クラウドファンディングに挑戦し、258%の支援を受け復興。紆余曲折の末、尚躍進する東鶴酒造。今回は6代目の野中さんにお話を伺いました。
Q.小さい頃はご実家や、お酒に対してどの様なイメージを持たれていたんでしょうか。
小学生の頃からラベル貼りや瓶洗い等の手伝いはしており、実家が酒蔵だということは認識していましたが、どんな日本酒を造っているのかは知りませんでした。
お酒を飲める年になって日本酒を嗜む機会がありましたが、美味しいと思える物に出会えず、日本酒に対してネガティブなイメージが強かったです。実家も醸造アルコールや水飴等添加物を入れて調合したお酒を造り、関西の灘や伏見に桶売りしていた時期もありました。
実家は私が小学生の頃には酒蔵の傍らコンビニ業をはじめ、酒造りの比重は減り在庫を切り売りする酒蔵になりました。大学を卒業した時にはほぼ酒造りはやめており、引き継ぐ事もなく飲食業に就職しました。
Q. しかし、酒造りを継ぐ決断をした。何かきっかけがあったのでしょうか?
15年程前、日本酒好きの知り合いの方が「実家が酒蔵なのに引き継がないのは勿体無い」「紹介するから一度他所の酒蔵に行ってみたら」と県内の小松酒造・小松大祐さんを紹介して下さいました。直接お会いし、「普通酒は消費が落ちているが、特定名称酒は味わうお酒として需要が伸びている」と、当時の日本酒業界の状況等、色々なお話を伺いました。
その時純米酒を飲ませて頂いたのですが、今まで飲んできたものとは全く異なり、お米の旨味を感じる澄み切った味わい。キラキラしていると感じるくらい、強い衝撃を受けました。
そして家業を引き継いでみようかと決意、家族のみでリスタートしました。
Q.酒蔵を復活させる上で、大変だった事は?
一番は資金作りをどうするかでした。
開店当初は好調だったコンビニ業も、年月の経過と共に周囲に店舗が増え、なかなか上手くいっていませんでした。
当時26歳だったので、3年頑張ってみて見込みがないならすっぱりやめようと思い、身の丈に合う金額として500万円融資を受けました。米を買ったり、蔵の手直しをしたり…幸い、再開に必要な設備がある程度揃っていたので、少額で済みました。
あとは大変、というよりプレッシャーの方が大きかったですね。売り先も見つけていない状況で製造を開始したので、いざお酒が出来ても卸し先が見つかるのかという不安がありました。
最初の頃は協力して下さる他の酒造さんに毎日の様に電話して発酵の経過等事細かに報告してサポートしてもらったり、休みの日に地元の同級生に手伝いに来てもらったりしながらなんとかしてお酒が出来上がりました。

Q. 「東鶴」というシンプルでありながらインパクトのある現在のボトル。どんな想いが込められているのでしょう。
地元にほとんど卸してなかったので、「本当にお酒を造っているのか、他所から仕入れているのでは」等の噂がありました。20年ぶりの再スタートを切ることになった時に、「マイナスイメージを払拭したい」「せっかくなら地元の方にも『東鶴』という名前を覚えて欲しい」という想いから「東鶴」という銘柄でお酒を造ることにしました。
Q.佐賀県のお酒は佐賀のお酒はしっかり旨味があって味わい深く、味付けの濃いものに負けないお酒が多いですね
佐賀県内で辛口と言われるお酒も、関東では甘いと言われます。漁師町が多く、肉体労働をしていた人たちが甘いものを好んだという説や、佐賀・長崎・大分にはどろっとした甘い醤油が多く、醤油の味に負けない様な芳醇な旨味のあるお酒が増えていった等様々な説があるんですよ。
Q.なるほど!佐賀県のお酒らしさがはっきりしているのは分かりやすいですね。「佐賀県らしさ」を貫いていくのか、それぞれの酒蔵が個性を出していくのかどちらが良いと思われますか。
「佐賀県らしいお酒」というのは県内の需要だけで考えると、どこも似た様な味になりデメリットに感じますが、県外や国外に出る時には統一感があった方がブランド力になると思います。
「佐賀県原産地呼称管理制度」や地理的表示「佐賀」(GI佐賀)もあるので、佐賀県のお墨付きとして世界に発信し、「新潟のお酒といえば淡麗」という様に「佐賀のお酒といえば」となる様に「佐賀県らしさ」を強みにしていきたいです。

(チャレンジシリーズ第二弾「春陽 SHUNYOU」低タンパク米として食事用に開発されたお米を使用。ライチを思わせる爽やかな果実香と甘酸っぱさが特徴です。)
Q.「チャレンジシリーズ」として新しいタイプの酒造りに挑戦する中で、東鶴酒造として変えたくない根幹の部分はありますか。
お米を使ってお酒造りをする事に意義があると感じています。お米の持つポテンシャルを最大限引き出してお客さんに楽しんでもらい、「お米からこんなに面白いお酒が出来る」「お米だけで面白い味わいになる」ということを伝えたいです。
自分自身が日本酒にネガティブな思いがあった事もあり、初めて飲む人にそのような思いを抱いてほしくないので、もう一つのコンセプトとして「お酒を飲んだことがない人にも楽しめるお酒」を意識しています。
定番のお酒は一般より飲食店の需要が多いので、コロナ禍ではチャレンジしているお酒の方が出ています。コロナに関係なく、ここ4、5年でユニークな味わいを求める方が増え、どんな新しいお酒が出てくるか楽しみにしている方が多いです。酒蔵にとっては米の品種によって味の違いを感じますが、繊細な変化よりもっと大きな変化が求められており、その方がお客さんも楽しみ甲斐があると思うので、様々なチャレンジを続けて色んなお酒を造っていきたいですね。

(新たな挑戦をしつつ、江戸時代から「作り手の顔が見える酒」を造り続けています。地元から全国さまざまな方に愛されています!)
白身魚も赤身魚も質の高いものが豊富に手に入り、食肉生産も盛んで「佐賀牛」「みつせ鶏」などのブランドがある佐賀県。こうした豊かな食文化が、刺し身に合う淡麗辛口な味だけでなく、肉料理や野菜にも負けない濃醇な味わいを育んできました。今後東鶴酒造が佐賀県らしさを大切にしながらどんなお酒が生みだしていくのか楽しみです。
【基本情報】
東鶴酒造株式会社