京都府初の女性杜氏 葛藤を経て自分らしい酒造りに / 向井酒造




宝暦4年(1754年)、京都北部、丹後半島の東に位置する伊根町で創業した「向井酒造」。伊根町は伊根ブリやイカ、岩ガキ等漁業が盛んで、伊根湾を囲む海に面した舟屋が連なる町並みで知られています。

発売されてから20年近くになる「伊根満開」は、穏やかな甘い香りと果実の様な甘酸っぱい味わいが特徴的なお酒。唯一無二の酒として国内外で長らく注目され続けています。杜氏を務める向井久仁子さんにお話を伺いました。


Q.「伊根満開」は根強い人気ですね。どの様にして誕生したのでしょうか。


開発は大学時代の恩師の一言がきっかけです。大学時代の恩師である武田先生に「精米技術があがって日本酒は飲みやすいお酒がたくさん出来て美味しい酒ばかりになる、今後は話題性のある酒造りが必要」と言われました。

そこで赤く色がつく赤色酵母を使用して酒造りをしている新潟の酒蔵からヒントを得て、「米から色を出せたら面白いのでは!」と思い造り始めることに。古代米を使用する事で果実のようなフルーティーな味わいの赤色の日本酒が誕生しました。


Q.使用する古代米はどの様に選ばれたのでしょうか。


最初は先生のツテで九州から古代米を分けて貰い、伊根町の農家で栽培を開始したのですが、京都の気候には合わず、自分たちの土地に合う古代米を一から探すことになりました。

一年に2種類ずつ、計6種類の古代米の栽培に挑戦した結果、もち米の一種「あさむらさき」を使用して製造を開始しました。後に更に育てやすく色が濃い「紫小町」で製造する事になりましたが、色が濃い分クセが強いので、初めの頃は調合に苦戦しました。掛米用品種「京の輝き」と合わせ、ずっと配合を変えながら調節しています。


Q.伊根満開のお勧めの呑み方はありますか。


熱燗の他、ソーダと一対一で割るのもお勧めです。食べ合わせとしては、酸味のあるものや、生姜やネギ等の薬味やハーブとの相性が良いので、とびうお等の魚のたたきやバーベキュー等とも相性が良いです。湯剥きしたトマトを伊根満開に染み込ませると粋な一品になります。


Q.大学で酒造りを学ばれていたとのことですが、当初から杜氏になる予定だったのですか。


醸造科学科に入ったのも、親の希望で半ば強制だったので、当時は全くそんなつもりは有りませんでした。他の酒蔵に修行に行ったり杜氏さんからノウハウを学ぶ間も無く、実家の酒蔵で酒造りに携わる事になり、一年目は蔵人として、そして二年目からは急に杜氏を任されました。杜氏になってからは自分が学んできた事を元に造り方を変えた事もあり、それまでは上手くいっていた蔵人達との関係が険悪なムードに…。作業を手伝ってもらえなかったり、口をきいてもらえなかったりという状態が続きました。


ちょうどその頃、日本酒の売り上げが焼酎に追い越されていて、二年の間に全国で200件位の蔵が閉鎖しました。向井酒造も泊まり込みで作業をお願いしていた蔵人が通いになり、今まで4時から作業を開始できていたのが8時半からになってしまいました。ただでさえ蔵人との関係性が悪化している上に作業効率の低下。本当に辛かったですが、当時は「負けてたまるか」という気持ちで頑張れました。

そんな最悪の状況の中、岡山の杜氏さんが数日蔵に来て一緒に仕込みをしてくれました。それまで自分のしている事にまだ不安があったのですが、「間違っていない」と言ってもらい自信を持てる様に。「蔵人達が出勤した時に米を蒸し上がった状態にしておき、段取りよく作業できるようにしてみては」とアドバイスも貰いました。

ちょうどその頃、大手酒蔵メーカーで働いていた蔵人さんが加わり「一本の幹は枝がないと育たない」と言われ、自分の行動が変わるきっかけに。

私1人2、3時間早く現場に入り、釜に米を張ったり蒸し器に米を入れて蒸し上げたり、水麹の準備をしたり、本来2人で行う作業を意地と若さで1人で行いました。その様子を見て、徐々に蔵人達も協力してくれるようになりました。口ではなく行動で示す大切さ、チームワークの大切さを学びました。


Q.女性杜氏として注目される事も多かったのでしょうか。


当初は「女性杜氏」という部分だけ取り上げられ、「本当は自分で造ってないだろ!」と責められる事もありました。修行もしないできた自分のことを「杜氏」と名乗るのも嫌で、ずっと「製造責任者」を名乗っていましたが、「伊根満開は常識が叩き込まれた俺たちには作れない。お前だからこそできた酒だ」と先輩に言ってもらえた事で自信が持て、杜氏として胸をはれる様になりました。



Q.どの様にお酒を造っていきたいという想いがあったのでしょうか。


杜氏になってから7年間、自分が何を造りたいのか分からず、地酒、生酒、大吟醸等、ブームに流される事もありましたが、自分が好きな山廃、生酛の酒造りをしようと決め、発酵力の強い6号酵母を主に使用。「全員に好かれるより好きだと思ってくれる人に呑んでもらいたい。周りを気にせず自分たちらしいお酒を造っていけたら。」とブレない様になってからは酒造りが楽しくなり、良い酒造りが出来る様になりました。


Q.地元で愛されるクラシックな銘柄も大切にされていますね。


伊根満開等、変わったお酒は思いつきで造っていますが、昔からのお酒はもっと慎重に、大事にして、変えられるところがあれば改良していくスタンスです。

杜氏になった当初は地元でも色々言われ続けてきました。今でも厳しい意見は頂きますが、向井酒造の酒が好きだといってくれる人達が増え、それと共にコミュニケーションも増え、益々酒造りが楽しくなってきています。


Q.今後はどの様なお酒を造っていきたいですか。


コロナがきっかけで、自分の体は自分で守る、免疫力を上げる為に安心なものを呑んでほしいと言う想いから、お米の契約してる農家さんに農薬や肥料を確認し、栽培方法を見直しました。なるべく農薬を使わず、肥料もあまり安いのではなく有機肥料を使用してもらう様にしています。日本酒は百薬之長と言われるくらいなので、身体にやさしい素材を使って、飲んで健康になるようなお酒を造っていきたいです。それは小さい蔵だからこそできること。若い世代の人に健康的な生活をしてほしいです。今、コシヒカリの無農薬と自然栽培をやっている兵庫県の農家さんや京都府綾部の無肥料無農薬の農家さん等、栽培をお願いしているお米が4種類くらいあり、今から来年の酒造りが楽しみです。



杜氏になりたての頃の辛い話も、それを全く感じさせない持ち前の明るさで笑顔で話す向井さんの思いが日本酒からも伝わり、飲むと活力を与えてくれるような、晴れ晴れとした満開を感じさせるお酒です。


【商品情報】


●夏の想い出

23年前、向井さんが初めて造った酒を現在も眠らせている貴重な商品。

20年くらい経ってブームに追いついてきている。海外でも人気の一本です。


●2年前に出した商品「ひとやすみ」 

丹後産のつやのコシヒカリを使用。

「より身体にやさしい酒造りをしたい」という想いから誕生した商品。


●今年の新商品「長鯨(ちょうげい)」

コロナでお酒の出荷が減り、ひとやすみと同じ米を使用して新たな商品を造ることに。ひとやすみ同様、良いお米を使用しているので精米歩合は80%とお米の旨味を活かした味わいになっています。


【基本情報】

向井酒造

URL:http://kuramoto-mukai.jp/index.html




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